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電車で見かける真っ白なブックカバーの正体

何かを隠すというのは、「人前では隠さなければならないものなんですよ」とアピールしているのと同じこと。カバーを裏返してまで本を読んでいる光景は、一種の羞恥プレイなのかなとすら考えてしまう。「恥ずかしい本を読んでいる私をもっと見て!」といったように。

「何でもいいから話せ」という暴力

発した言葉は自分を縛る。ひとつひとつの言葉に責任を持ちたいと思うなら、頭のなかにいるもうひとりの自分に問い合わせ、「よし!言ってOK」と決断されない限り、なかなか言葉として発することはできないものなんじゃないか。

「好き」の知識競争は不毛だ。

「読書が好き」だからといって月に5冊しか読んでいないことをバカにされる筋合いはないし、メジャーな作家しか好きじゃなくても、それをとやかく言われたくない。評論家や批評家なら話は変わってくるのかもしれないが、何でもかんでも勝負に持ち込まないでもらいたい。ただ「好き」なだけでいいじゃないか。