「男子の一言金鉄の如し」という言葉がある。男がいったん口に出した言葉は、堅く守って破ることはないという意味だ。かたや、「口中の雌黄」という言葉もある。これには発言の間違いをすぐに訂正すること、または根拠無くいい加減なことを言うこと、などという意味がある。

ことわざには両義あるものが多い。

「好きこそものの上手なれ」と、「下手の横好き」
「善は急げ」と、「急いては事をし損ずる」
「三人寄れば文殊の知恵」と、「船頭多くして船山に上る」
「山のことは樵に聞け」と、「灯台下暗し」
「一石二鳥」と、「二兎追う者は一兎をも得ず」
「渡る世間に鬼はなし」と、「人を見たら泥棒と思え」

挙げだすとキリがない。

なぜ両義あることわざがあるのか考えてみる。たぶんことわざは、社会規範のような確たるものではなく、含蓄のある言い伝えに過ぎない。いわば「視点」の違いによって簡単に逆転してしまう、ある種の価値観のようなものなのだと思う。だから、人それぞれの生き方や選び取るスタイルによって、心の糧とすることわざは変わる。

「渡る世間に鬼はなし」を糧とする人もいれば、「人を見たら泥棒と思え」と戒めている人もいる。時と場合によって、「善は急げ」か「急いては事をし損ずる」かを使い分けることもある。

おそらく大事なのは、自分がどう生きたいかに当てはめて使うものであって、人に強いるものではないという観点。ことわざとは、その程度の言葉であるということだろう(程度が低いということではなく、その程度の価値はある言葉だ、という意味で。)

さて、ここで本題の「職業に貴賎なし」について。意味はこんな感じ。

職業による貴賎の差はない、という意味の表現。一般的には、どのような仕事も社会に必要とされているものである、働くこと・職務を全うすること・労働をして稼ぐことは等しく貴いことである、人を仕事の内容によって差別すべきではない、などといった意味合いで用いられることが多い。

職業に貴賎なしとは - 日本語表現辞典 Weblio辞書

この言葉を生んだのは、江戸時代に生きた思想家の石田梅岩。教科書で学んだとおり、江戸時代には士農工商という職に対する貴賎があった。人が生み出したものを流すことでしか利益を得ない商人は詐欺師とまで言われていたらしい。それを梅岩が是正しようとして、4つの仕事はすべて世の中が回っていくのに必要な仕事だと言ったそうだ。それが転じて「職業に貴賎なし」になったと。

ちょっと穿った見方かもしれないが、このエピソードからは、実際そうなのか(=職業に貴賎はないのか)が大事なのではなく、そうしておいた方が(=職業に貴賎はないことにしておいた方が)世の中がうまく回るから生み出されたのだろうと感じ取れる。

「職業に貴賎なし」を信じるかどうかはその人の価値観なので、正直どうでもいい。ただ、この言葉が本当かを問うのは不毛だと思う。「二兎追う者は一兎をも得ず」が真実か問うても意味がないのと同じ。「一石二鳥」の価値観を持っている人とは、折り合えない可能性が高い。結局のところ、「そういう見方もあるよね」程度の言葉なのがことわざなんじゃないのかなと思う。

今となってはことわざの部類に入るこの「職業に貴賎なし」も、金科玉条のごとく掲げる言葉ではないんだろう。そうも言えるよね、だ。

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