真にミステリーなのは、謎でもトリックでもなく「人間」そのもの

『犯罪小説集』(吉田修一)を読んで

人は「怒り」や「憎しみ」から罪を犯すと思われがちだが、実のところ、原因はその一歩手前の「侮辱」にあるのではないかとよく考える。

不審だからというだけで加害者だと決めつけられ、謂れのない罪を押し付けられる。
相手の勘違いに尾ひれ背びれがついて村八分にされ、真実は葬り去られる。

小さな「ズレ」の積み重ねが、人生という道のりを少しだけ踏み外すことに繋がる。踏み外した先に何があるのかはわからないけれど、その内のひとつに「犯罪」があるのだと思う。だから誰もが犯罪者予備軍であるとも言えるし、順風満帆な人生からあっという間に転落することも容易いことなんだろう。

小さな女の子が突如行方不明となった村で、再び起こる失踪事件。屈辱に滾る村人の怒気が向かう先はーー。限界集落で孤立した老人に浴びせられる容赦ない辛辣な言葉。誤解から始まったそのズレが彼に凶刃を振るわせるーー。プロ野球界の頂点からの転落、それでも華やかな生活を捨てられなかった彼と、その息子の境遇に読み手はーー。

私たちは、この結末を知っている

この小説には、そんな少しだけズレてしまった人たちの物語が5篇収められている。そして、すべての物語に元ネタがある。実際に起きた事件がモチーフにされているから、読み手はその顛末をある程度予想することができる。何せ「知っている」のだから。

でも、知っていることで読む楽しみが削がれることはない。犯人が誰かとか、トリックは何かとか、吉田修一の書く物語において、そういった要素は些細な存在でしかない。見るに堪えない人間というものの業の深さを、これでもかと見せつけてくる。それがたまらなく面白いのだ。

犯罪が行われたとしても、明確に善悪を線引するような「何か」は用意されておらず、すべては読み手の価値観に委ねられる。人間という存在そのものがミステリー。そういった意味で、謎解きも推理もいらず、ただ「人間」というものを描き尽くすこの小説は、真のミステリー小説なのだと思う。

あらすじ

人間の深奥に潜む、弱く、歪んだ心。どうしようもなく罪を犯してしまった人間と、それを取り巻く人々の業と哀しみを描ききった珠玉の5篇。2007年『悪人』、14年『怒り』、そして……著者最高傑作の誕生。

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