【9月16日のコトバ】貫くことがあるとしたら「ウソをつかないこと」だけでいい

『海馬 〜脳は疲れない〜』(糸井重里・池谷裕二)より

糸井『変わることって、だいたいは「いいこと」なんですね。環境に適応してばかりだと、今までは「アイツは風見鶏だ」とか「日和見主義」だとか文句を言われがちだったし、それと同時に「一貫性のある人ですね」とか「信念を貫いた」とかいう言葉に、かなりだまされてきたような気がします。ぼくは貫くことがあるとしたら「ウソをつかないこと」だけでいいと思います』

変わることを恐れない

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糸井さんの言葉の影響は計り知れません。私の人生の何%かは、糸井さんの言葉でできているような気がします。

「変わること」が市民権を得たのは、案外最近のことなんじゃないかと思っています。それこそ教育では「一貫性」「信念を貫く」ことこそが美徳であるとし、一度決めたことを曲げるのは愚かなことだと言われてきました。

確かに人の言うことにいちいち迎合し、意見をコロコロと変えるのは日和見主義と言われても仕方ないかもしれません。しかし、人はさまざまな物事に影響を受け、変わっていくものです。いいことばかりではありませんが、例え悪い方向に進んだとしても、変わることを否定してはいけないでしょう。

こだわりとかって言葉を安売りする人と話すのはつらい

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糸井さんは同書でこうも言っています。

糸井『あ、わかりました、新しい価値観を持とうとしない人とは仕事をしにくいんだ。こだわりとかって言葉を安売りする人と話すのはつらいもんなぁ」

仕事にしろ人生にしろ、自分が変わらなくても世界は変わり続けます。自分のこだわりを維持しようとするのは自由ですが、それが本当に「変わらないほうがいい」と思っているのか、それとも「変わるのは面倒くさい」と思っているのかで大きく変わってくるんじゃないでしょうか。

私は家庭や学校での古い価値観に縛られて生きてきましたが、この本に出会ってからは、常に変わり続けてきたつもりです。存在しない「みんな」「世間」「空気」に縛られ続ける人たちからは虐げられていますが、それでも変わる人生の方が楽しいし、おもしろい。

いいじゃないですか、日和見主義で。糸井さんのおっしゃるとおり、貫くのは「ウソをつかないこと」だけでいいと私も思います。

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