村田沙耶香『殺人出産』 あなたが信じる世界を信じたいなら、あなたが信じない世界を信じている人間を許すしかない。

村田沙耶香『殺人出産』

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10人子供を産めば、殺したい人間を1人、合法的に殺していいとしたら…?

そのセンセーショナルなタイトルに怯えてはいけません。決して下世話な話ではないし、出産を過度に否定するものでもなく、殺人を過度に肯定的に捉えているわけでもない。タブーを相手に果敢に斬りかかっていく、植え付けられた倫理観を揺さぶる哲学的小説なのです。

この物語の舞台は、殺人が悪とされた時代(つまり今だ)から100年後の日本。
避妊技術が著しく進歩し、セックスは愛情表現と快楽のためだけに存在する社会。妊娠はもっぱら人工授精で行ない、恋愛や結婚による出産はほとんど存在しない。結果、人口の減少は止められないものとなっています。

村田沙耶香『殺人出産』

そんな未来の日本に導入されたのは、海外で主流となっている「殺人出産制度」。これは出産のきっかけを殺意に求めるという、倫理観を激しく揺さぶられる制度でした。合法的に誰かを殺したいと強く願うものは、「産み人」となって10人の子どもを出産する。晴れて10人(生きて)産むことができれば、誰にも邪魔されない環境で好きなように希望する人間を1人、始末することができるのです。

ちなみに出産に性別は関係ありません。男でも人口子宮を埋め込めば出産ができる時代なのですから。

合法的に殺人が認められる世界で、人々は何を思うのでしょうか?

ルールも価値観も、時代によって変化していく

今の価値観が正しいと、誰が決めたのでしょう?
そして今の価値観が今後一生続くものとなぜ信じられるのでしょう?

筆者はそれが疑問で仕方ありません。

確かに2015年現在、殺人は悪とされています。しかし振り返ってみてください。ほんの70年前、日本は戦争のまっただ中でした。戦時という世界観の中では、殺人はある意味合法的に認められていたのではないですか?同じ日本人を殺したら殺人罪で、戦争相手となる他国の人間を数多く殺せば英雄になれる。そんな不可思議な時代があったのは大昔の話ではありません。

ルールも価値観も時代によって変化していくもの。本書の世界は100年後の日本。本当にこうなっていたとしても、筆者はそれほど驚かない自信があります。

村田沙耶香『殺人出産』

著者の村田沙耶香さん自身も述べていることですが、現在はタブーとされている殺人も人肉を食べることも近親相姦も、地域や社会・時代が違えば合法となっているでしょう?タブーは口にするのも穢らわしいと拒否してしまうことは、現在の価値観を何の考えもなしに肯定してしまうことと同じ。そしてそれは揺るぎない「正義」となってしまいます。

聞こえのいい「正義」という言葉だって、その定義は移り変わっていくものです。この世の中に変わらないものなどありません。

…ただし、思考停止に陥った人間だけは、そうでないのかもしれませんがね。

WEBきらら 村田沙耶香さんインタビュー

疑うべきはタブーではなく、今の価値観なのかもしれない

この物語には、3人の主要な登場人物がいます。

主人公の育子。
強い殺人願望を持ち、殺人出産制度を肯定し産み人となった、育子の姉・環(たまき)。
育子の同僚で、殺人出産制度に批判的な早紀子。

相反する存在の環と早紀子に対し、育子はニュートラルな存在として描かれています。

村田沙耶香『殺人出産』

育子は元々、この世界の価値観に疑問を持っていました。100年前の日本が今の価値観と違うように、これから100年後にはまた違う価値観が当たり前となっているんじゃないか。そう思っているような人間でした。

「産み人」として世間から崇められる姉の環に対しても、どこか釈然としない思いを抱えています。それでも理解できたのは、環が生まれつき強い殺人衝動を持っていたからでした。何かを傷つけていないと発狂しそうになってしまう環は、必然的に自分を傷つけてしまう。それでも耐え切れなくなると、虫や小動物の命を奪うようになる。

もちろんそんな悪癖を持った人間は忌み嫌われる。環が救われるためには、新しく生まれた殺人出産制度に応じるほかありません。なぜなら、この制度の下でなら、環の殺人衝動は肯定されるからですね。

それどころか、少子化を救うため10人もの子どもを産む決意をしたことで、世間から賞賛すらされるのです。だから環の判断を、育子は認めるしかありませんでした。

村田沙耶香『殺人出産』

そんなところに、この制度に反対し過去の価値観に戻るべきだと水面下で活動する早紀子が同僚として現れます。一見、育子と早紀子は同じ考え方を持っているのだから手を組むんじゃないかと思いそうになります。

しかし育子は別に、過去の価値観が正しかったと思っているわけではありません。というより、何が本当に正しいのかわかっていないのです。もっというならば、「本当に正しいこと」など存在しないことを知っているのです。

それならば、自分にとって何が正しいのかは自分で決めたい。育子は自分を信じることにしたのですね。

村田沙耶香『殺人出産』

育子にだって殺人衝動はある。というか、誰にだって「アイツを殺したい!」と思ったことくらいあるでしょう。しかし、殺意を抱き続けるには物凄い量のエネルギーを必要とします。どちらかというと瞬発的に沸騰する感情である殺意を、合法的に殺せるからといって10人の子どもを産みながら10年以上も抱き続けるというのは、熱情に焦がれて堕ちる一時的な恋などよりも、よっぽど神聖な感情なのかもしれません。

今の価値観から鑑みて、どうしても理解できないことは「タブー」なのだとする風潮があります。

そんなときに疑うべきはタブーではなく、今の価値観の方なのかもしれませんよ。

あなたが信じる世界を信じたいなら、あなたが信じない世界を信じている人間を許すしかないわ。

物語の最後で、育子は殺人出産制度を許容する方向に動きます。

それは決して環に洗脳されたからではなく、自分自身が直接、殺人出産制度による殺人行為に手を染めてみて、肌で直接感じたことから選択したことなのです。もちろん今私たちがいる世界からすれば、育子の行動も反応も理解し難いことではあるでしょう。

前述した通り、育子は自分を信じることに決めたのです。
自分が感じ、自分が想い、自分が考えたことを信じていこうと。

村田沙耶香『殺人出産』

どうしても殺人出産制度を認めることができず、過去の価値観を絶対的なものとして捉えている早紀子に対して、育子はこのように述べます。

『あなたが信じる世界を信じたいなら、あなたが信じない世界を信じている人間を許すしかないわ。』

先に、この世に変わらないものなどないと筆者は述べました。しかしこの考え方だけは、今も昔も変わらない普遍的なことなのかもしれません。

これだけ倫理的な価値観を揺るがす物語を書きながらも、最終的にはそれでも変わらない普遍的な考え方を持ってくるなんて、著者は何とえげつないことをするのでしょう。

揺さぶられ続けた筆者のアタマではもう、今までの価値観を信じることはできそうにありません。


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