恒川光太郎『夜市』 幼い弟と引き換えに野球の才能を買った兄、誰も彼を責められない。

恒川光太郎『夜市』

スポンサーリンク
スポンサードリンク

「少し、不思議」なホラー小説

SFと言えばサイエンスフィクションの略称として知られていますが、ひょっとするとある漫画家が好きな人は違う意味で捉えているかもしれません。

SFとは、「少し、不思議(Sukoshi Fushigi)」であると。

これは別にダジャレを言っているわけではなく、藤子F不二雄が解明したSFの意味なんですよ。世の中にある不思議の8割はSFであると藤子F不二雄は言っています。

サイエンス・フィクション

この定義に基づくと、第12回日本ホラー小説大賞を受賞した恒川光太郎の「夜市」は、純然たるホラー作品である以上にSFでもあると言えるでしょう。ホラーといっても怖れることはありません。貞子的なキャラクターがいるわけでも、呪怨的な幽霊がいるわけでもありません。残虐な殺人が行なわれるわけではありませんし、スプラッタ要素もありません。

それでは一体どのあたりがホラーなのでしょうか?まずはあらすじからどうぞ。

あらすじ

大学生のいずみは、高校時代の同級生・裕司から「夜市にいかないか」と誘われた。

裕司に連れられて出かけた岬の森では、妖怪たちがさまざまな品物を売る、この世ならぬ不思議な市場が開かれていた。夜市では望むものが何でも手に入る。

小学生のころに夜市に迷い込んだ裕司は、自分の幼い弟と引き換えに「野球の才能」を買ったのだという。野球部のヒーローとして成長し、甲子園にも出場した裕司だが、弟を売ったことにずっと罪悪感を抱いていた。そして今夜、弟を買い戻すために夜市を訪れたというのだが―。

幻想的かつ端正な文体、そして読む者の魂を揺さぶる奇跡のエンディング!

Kadokawa公式ホームページより

幼い弟と引き換えに野球の才能を買った兄、誰も彼を責められない。

子どもは純真な天使だ。

確かにそういう面はあります。しかしその一方で、子どもは純真であるが故に残酷な面もあります。悪気なく、悪意なく、平然と悪を成すことができるのも子どもであるが故なんですよね。

例えば「命」。もちろん家庭や学校や地域で、さんざん命の大切さについて教わります。答えはすぐに出せないにしろ、人をなぜ殺してはいけないのか、なぜ自殺してはいけないのか、朧気ながらわかってくるようになるものです。

子どもは天使?悪魔?

しかし物語の兄弟は、あまりに幼かった。

小学生の頃に迷い込んだ夜市で、兄は「野球の才能」を得るため、引き換えに弟を店主に差し出します。そのとき、兄弟仲があまりよくなかった。別に心から弟に消えてほしいと望んだわけではない。多分、軽い気持ちだったのでしょう。

野球の才能を得てヒーローとなった兄は、罪悪感に苛まれ続けています。現世では誰も弟が存在していたことを覚えていないので、誰かに責められているわけではありません。ただ、弟を差し出してしまった自分がイヤでしょうがなかったのです。

夜市が再び開かれることに気付いた兄は、高校時代の友人・いずみを誘って岬の森にある夜市へ出かけます。目的は、弟を買い戻すこと。どうすれば弟を返してもらえるのか。そもそも弟はまだ生きているのか。生きて帰ってきたとして、元いた世界に弟の居場所はあるのか。

何もわかりません。

だけど、弟を買い戻さない限り、兄はもう生きていくことができない。最悪、自分の命と引き換えになってでもーーー。

兄弟は幼すぎたのです。

夜市

「何かを手に入れるためには、何かを失わなければならない。」

兄は野球の才能を得るために、弟を失った。

しかし、禁断の取引に手を染めたのは兄だけだったのでしょうか?

この美しくも儚い世界で行なわれた取引。それがもたらす誰も予想できない奇跡のエンディングは、ぜひ実際に読んで確かめていただきたいと思います。ホラーなのに、泣けます。

端正で美しい文章。艶っぽく妖しく煌めく装丁

毎度たくさんの応募があるにも関わらず、佳作を含めて受賞作が無いこともある程審査の厳しいことで知られている日本ホラー小説大賞。そんな中、全選考委員が絶賛した奇跡の作品がこの『夜市』です。

著者の恒川さんは本書がデビュー作ですが、とても新人とは思えないほどの文章力に唖然とします。いや、文章力ではないのかも。とにかく「文章が端正で美しい」んですよ。私は今までにこれほど文章を美しいと思ったことはそうありません。強いて言うなら文豪の川端康成や夏目漱石、最近ですと京極夏彦くらいのものです。物書きなら嫉妬して当然のレベルですね、これは。

端正

文章の美しさもさることながら、本の装丁の美しさもため息がでるほど。ちなみに同じ絵柄ですが文庫版はオススメしません。読むだけならどっちでもいいでしょうけれど、単行本版の装丁はあまりに美しすぎて、そのまま飾っておきたくなります。十分にインテリアの役目を果たしますので、もし購入を考えているのであれば単行本をぜひ。


スポンサーリンク
スポンサードリンク
スポンサーリンク
スポンサードリンク