山内マリコ『かわいい結婚』自分が幸せかどうかは自分で決める。私は『私なりの幸せ』を掴みたいから。

山内マリコ『かわいい結婚』

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わたしは誰とも恋なんかしない

結婚して、一緒に住み、家事をする。
毎日毎日洗濯して、掃除して、ごはんを作る。
それがゴールなら、わたしは誰とも恋なんかしない。

好きで好きでたまらない作家・山内マリコさんの新刊『かわいい結婚』。サバービア(郊外住宅地)文学を語らせたら右に出るものはいない山内マリコさんですが、本作はこれまでの「ここは退屈迎えに来て」「アズミ・ハルコは行方不明」などとは一風変わったテイスト。

「結婚」に望む夢とリアルの狭間でやきもきさせられる、かなり純度の濃いブラックコメディの佇まいなんですね。冒頭のコピー通り、これがゴールなら恋なんてしたくないと思ってしまいます。といってもなんだかんだ幸せになっちゃうんですけどね、主人公は。

かわいい結婚

3つの物語が収められた短篇集で、特につながりはありません。まずは簡単にあらすじからご紹介していきましょう。

あらすじ

『かわいい結婚』
結婚して仕事をやめ、専業主婦になった29歳のひかり。しかし家事能力ゼロのせいで部屋は散らかり放題、ごはんはレトルト。やるべきことは山積みなのに、なんにもしたくない。夫のまーくんとは仲良しだけれど、こんなに嫌いな家事が一生続くなんて・・・騙された!。

『悪夢じゃなかった?』
27歳サラリーマンの裕司がある朝目覚めると、巨乳で可愛い女に変身していた。ハイヒールの痛みと男たちの視線に耐え、泊まる場所を探して身の危険に遭遇しながら、別れた彼女に会いに行くと・・・。

『お嬢さんたち気をつけて』
ふたりの仲の良いお嬢さんがひとりの男を巡って争う。女同士の友情なんて儚いもの・・・と思いきや、なんだかんだとせめぎ合い、取り合い、袂を分かち、異なる道を歩もうとしているのに、なぜかふたりの仲の良いお嬢さんはまた出会う。

男と女と世界のギャップを可笑しくも鋭く描きだす、山内マリコの痛快小説集。

結婚はゴールではなく、スタート

多くの人が勘違いし、その現実に絶望する「結婚」。結婚を「夫妻ではなく負債」と考えがちなのは男性なのかもしれませんが、それに対し女性は結婚を「ゴール」と考えている人が多いように思います。シンデレラとか白雪姫などの「結婚し、末永く幸せに暮らしましたとさ」という結末を過剰に信仰してしまっているのか、「結婚=幸せ」の構図が出来上がってしまっているように見えるんですよね(身のまわりの女性を見ていると特にそう思う)。

言うまでもなく、結婚はスタート。これから幸せになれるかどうかは負債・・・じゃなかった、夫妻がお互い「幸せになろう」と努力しないと得られないものでしょう。

かわいい結婚

「かわいい結婚」の主人公は・ひかりは、絶望的なまでに家事ができない。夫のまーくんはそれをきつく糾弾してくるわけではないが、かといって協力してくれるわけでもない。ひかりは実家で暮らしているときに、まともに家事を手伝ったことがない。もちろん花嫁修業なんてしていないから家事を学ぶタイミングがどこにもなかったんですね。

見よう見真似でやろうにも、いざ主婦になって家事をやろうとしても真似るべき人はそこにいない。だから自分なりに取り組んでみるけど、基礎が全く身についていない上に完成形も見えていないから、行き当たりばったり適当に何となくこなしているだけ。そこには楽しさもないし、おもしろみもない。

それが、あるきっかけで家事習得の機会を得、みるみるうちに主婦的な家事能力をマスターし始める。今は専業主婦だけど、元々仕事をしていたときにはテキパキと業務をこなしていた。だから効率よく家事をこなせるようになると、そこに楽しみを覚えるのだ。

かわいい結婚

ひかりは、はたとそこで気付く。

この日々が一生ずっと続くのだということに。
死ぬまで。
エンドレスに、
家事は続く。
休日もなけりゃ定年もない。
(中略)
「正幸のこと、しっかり世話してやってちょうだいね」
あ、世話するって、つまりその人の分の家事をやるってことだったのか。
犬みたいに散歩つれてくとか、そういうことじゃなくて。
その人が家事をしなくていいように、あなたがやってねって、意味だったのか。
わたしこんなに、家事嫌いなのに

この短編には、テンプレな人が多く登場します。自分は外で働いているんだから家事なんてしなくていいんじゃないかと少し思っている夫。
妻は夫の世話をするものだと疑わない姑。主婦は家を守らなければならないんだから、嫌いだろうがなんだろうが家事はしないといけないと思っているひかり・・・。

どれも時代錯誤甚だしい考え方だと思いますが、殊の外都会よりもサバービアな地域では、まだまだこういった古い因習は残っているもの。自分のアタマで考えるクセがないと、見る見るうちにこういった固定概念に飲み込まれてしまいます。

一生家事をしていかなければならないのかと発狂しそうになるひかり。もちろん現実はそうでない方向に自分で舵をきることができます。初めて結婚の真実に気付いたひかりは、自分のアタマで考えます。

かわいい結婚

結局ひかりは以前の職場に戻ることを決意しました。といってもフルタイムではないですが。外に出ることさえ渋る夫に憤慨しつつも、解放されたことで背中に羽が生えたような気分になるひかり。

よくある物語だとこのあたりで新しい自分に気づかせてくれるロマンスがねじ込まれたりするものですが、そこはシニカルな山内マリコさんらしい展開に。

結局男を変えたとしても、やることは一緒なんだから。結婚して、一緒に住み、家事をする。毎日毎日洗濯して、掃除して、ごはんを作る。どうせ同じなら、わたしはまーくんがいいや。

この諦めにも似た発想が、「結婚とは何か」を如実に表している気がします。ひかりは折り合いをつけることで、そこそこの幸せを維持していくことに決めた。いいのだ、これで。

低い基準値で幸福を感じられる幸せ

この結婚に対する温度感。私は好ましく思います。
過度な期待を持ち過ぎなんじゃないですかね、みんな結婚に。

サバービアというとどうしてもマイルドヤンキー的な人を思い浮かべてしまいますが、彼らは一様に幸福度が高いと言われています。私が思うのは、幸せの基準値がとても低いところにあるんじゃないかということ。本作でいうところの最終的な結婚への考え方もそう。高望みせず、そこそこのところで「こんなもんか」とあたりをつけ、素直に落ち着こうとする。

上昇志向がなかったり田舎に引きこもって出てこない人たちを揶揄する人は多いですが、それで自分が幸せなのであれば仕方ないなとも思うんですよね。

だって、誰だって幸せになりたいですから。今の環境で幸せになれるなら、わざわざリスクを背負ってまで環境を変えようなんて思わない。その考え方はよくわかります。自分はそうではありませんが理解はできます。

かわいい結婚

3篇の短編の内、結婚をテーマにしているのは表題作のみですが、どの話にも共通しているのは「幸せのあり方」について折り合いをつけていること。自分が幸せかどうかを決めるのは自分以外の誰でもなく、赤の他人にどうこういわれる筋合いはないと常々考えている私としては、彼女(彼)らが折り合いをつけた幸せのあり方は至極納得のいくものでした。

といっても自分は選ばないであろう幸せのあり方なんですけどね。「幸せのあり方」について、本書を読んで考えてみるのも一興かと。

私信

この本を読んでふと思いました。あれ、この『かわいい結婚』の主人公・ひかりって、ウチの会社にいる女の子に似てる・・・って。家事ができないってわけじゃないんだけど、夫婦の関係性とか急に部屋で踊りだす(悲しみのポーズとか、自分なりに表現するらしい)ところとか、妙に似ている。ひょっとすると、一定数こういうタイプの女子はいるってことなんだろうかと思ったり。今度聞いてみよう。

往信

会社の同僚にこの本を読んでもらったところ、「これ、私だ!」とのことでした。

やっぱり一定数いるんじゃないですかね、こういう考え方の女の子は。


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