米澤穂信『満願』 命は大事だが、それが全てではない。命より大事な「何か」をもつ人たちの物語。

満願

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数々の賞を受賞した稀代の短編ミステリ

米澤穂信といえばいわゆる青春小説の旗手として名高い作家ですが、一方でハイレベルな本格派ミステリも書いており、最近では幅広い作風を書き分けることのできる多能な作家というイメージが非常に強いですね。

アニメ化もされたデビュー作「氷菓」を筆頭に、「愚者のエンドロール」「クドリャフカの順番」「遠回りする雛」「ふたりの距離の概算」と続く通称<古典部>シリーズと、『春期限定いちごタルト事件』『夏期限定トロピカルパフェ事件』『秋期限定栗きんとん事件』と続く〈小市民〉シリーズが青春小説に属します。

そして第64回日本推理作家協会賞を受賞した「折れた竜骨」で本格ミステリ小説家としても著名に。『さよなら妖精』『犬はどこだ』『ボトルネック』『インシテミル』『儚い羊たちの祝宴』『追想五断章』『リカーシブル』と、その作風はますます広がりを見せています。

※ちなみにボトルネックは当ブログでレビューしています。↓
【書評】米澤穂信『ボトルネック』 自分が生まれなかった世界を知る、という絶望。

そして本作『満願』は、「日本文芸界に米澤穂信あり!」と知らしめる傑作となりました。2015年4月時点で、以下6つに渡る栄誉を獲得しています。

第27回 山本周五郎賞(新潮社)受賞
第151回 直木三十五賞(文藝春秋)候補
ミステリが読みたい! 2015年版 国内編』(早川書房)1位
週刊文春ミステリーベスト10 2014 国内部門』(文藝春秋)1位
このミステリーがすごい! 2015年版 国内編』(宝島社)1位
第12回 本屋大賞(NPO法人 本屋大賞実行委員会)ノミネート

6つの栄誉と呼応するかのように、この短編集に収められた物語は6つ。どれひとつ外すことが出来ないほど、クオリティの高いミステリとして仕上げてあります。初めてこの珠玉の物語たちを読み終えたとき、私は米澤穂信が過去に出版した佳作、そして私がこれまでに読んだ小説の内、もっとも衝撃を受けた傑作「儚い羊たちの祝宴」を思い起こしました。

直接的なつながりはありませんが、「儚い羊たちの祝宴」は最後の一行に仕込まれた驚愕の事実で、物語が反転するという試みがなされていました。「満願」にはそう銘打たれてはいませんが、全ての物語でほぼ同様の衝撃を受けました。ラスト一行ではなく、物語の最後で明かされる事実に、私たち読者は常識に囚われていたのを恥じることになります。

それでは物語をひとつひとつ、紐解いていきましょう。

物語を辿る

あらすじ

人を殺め、静かに刑期を終えた妻の本当の動機とは――。驚愕の結末で唸らせる表題作はじめ、交番勤務の警官や在外ビジネスマン、フリーライターなど、切実に生きる人々が遭遇する6つの奇妙な事件。入念に磨き上げられた流麗な文章と精緻なロジック。「日常の謎」の名手が描く、王道的ミステリの新たな傑作誕生!

新潮社ホームページより

夜警

主人公は交番に勤務する警察官。頻繁に交番に訪れていたDV被害者の妻より包丁を持って夫が暴れていると通報があり、急いで駆けつける警察官たち。逆上して襲いかかる夫に警官が発砲して対抗するも、あえなく殉職してしまう。その警官の葬儀で物語は幕が開けるーーー。

銃

殉職した警官に当初よりいい感触を抱いていなかった主人公は、葬儀が終わった後、事件を振り返る。あいつは犯人に発砲した。しかも何発も、何発も。だが、全ての弾を撃ち尽くしただろうか。音は聞いていたが、どうしても何発だったか思い出せない。犯人に命中した弾と、外れて地面に落ちた弾を合わせれば、数は合う。だから特に気にする必要もないはずなのに、なぜか気になる。

あいつは即死じゃなかった。首を切られ、血を吹き出しながらもしばらくは生きていた。あいつが最後につぶやいた言葉はこうだ。

「こんなはずじゃなかった。うまくいったのに。」

物語はそこから急展開を見せる。殉職した警官の兄は、弟が自分の命を張って誰かを助けるようなタマじゃないと言い切る。主人公と殉職した警官の兄のやりとりから浮かび上がる、事件の真実の姿。人間の卑小さが生む滑稽な顛末に、読者は空いた口が塞がらないかもしれない。

死人宿

突然姿を消した彼女・佐和子が、栃木の山奥にある温泉宿で働いていることを知った主人公は、とるものもとりあえず宿に車で向かう。苦労して辿り着いた宿で佐和子が姿を消した理由を知り、心を痛める主人公。佐和子は、自殺の名所として有名になったこの宿(だから死人宿と呼ばれる)にある温泉の脱衣所に、遺書が置き忘れられていることに気づく。しかし今宿泊している3人の客の内、誰が書いた遺書なのかわからないので、主人公に解明を依頼することになる。

死人宿

佐和子とよりを戻すため奔走する主人公は、すんでのところで遺書を書いた人物を突き止める。ここで終わるのなら「いい話」でまとまるだろう。しかしこの宿は死人宿。不幸が起きることで噂が立ち、観光名所となっている事実がある。自殺者がいない死人宿に、観光客も自殺志願者もやってこない。最後に佐和子はこう述べる。

「いいえ。誰にも、どうにもできなかったのよ」

ある男はこう述べる。

「ちくしょう、死人宿め。これでまた、さぞや繁盛するだろうよ」」

柘榴

さおりは美人に育ち、自分が美人であることを誰よりもよく理解していた。決してそれを鼻にかけず、美人であることにより得られる幸せを享受しつつ傲慢にならぬよう注意する、冷静さを併せ持っていた。

大学のゼミで出会った佐原成海は特に美男子というわけではなかったが、誰もが彼を好きにならざるをえない不思議な魅力に溢れていた。必然的に女生徒同士で取り合いが起こり、美しさを武器にさおりは成海を得ることに成功する。

母も成海の魅力に感じ入り学生の内に籍を入れてしまえと言ってきたが、父は「あれはだめだ」を言い放つ。成海に嫉妬しているのだと理解したさおりは、妊娠することで強引に結婚に結びつけた。これで女として、母として、人間として完璧な幸せを得られるはずだった。しかし、父の予見は正しかった。成海は好きなってはいけない男だったのだ。

さおり

さおりには2人の娘がいる。夕子と月子。ともに母の美貌を受け継いで美しく育った。いよいよ成海が父親としてだめだということがわかり、離婚協議が進む。問題はまだ中学生である娘たちの親権についてだ。実際に娘を育てたのはさおりであり、現状の生活力も親としての心構えもさおりの方に分がある。裁判をせずとも結果はわかりきったことである。

言い渡される判決。理解し難い内容に戸惑うさおりは、裁判官から衝撃の事実を告げられる。そして、あらためてさおりは、誰からも愛される成海という男の魅力に気づくことになる。

夕子は嗤う。

「けれどもいまは、それほどでもない」と。

万灯

「ビジネスマンたる者、職場に出たら親の死に目にも会えないと思え」

仕事一筋に生きる伊丹は、東南アジアで資源開発に挑んでいた。発展途上国でエネルギー開発を推し進めるのは命がけだ。日本で交渉するのとはわけが違う。賄賂は当たり前だし、場合によっては手荒な行為を選択しなければならない。

今回伊丹が行くことになったバングラディシュは、そんな日々が当たり前のように繰り返される。伊丹は自分の仕事を全うしたかっただけだ。バングラディシュの奥深くに眠る莫大な量の天然ガス。これを日本に運び、自分の手で一灯を加えたかったのだ。

バングラディシュ

志は間違っていなかった。間違っていたのは、何が本当に大事なことなのかを見失ったことだ。

伊丹は裁きを待っている。ひょっとしたら、この吐き気や発熱はただの風邪なのかもしれない。もしそうだとしたら、私は資源という神に見放されてはいない。しかしもし、そうでないとしたら・・・。

関守

伊豆のある田舎道。そのカーブでは4年に4件、つまり1年に1回のペースで車の滑落事故が起きている。特に急なカーブというわけでもなく、スピードを出しすぎてでもいない限り落ちはしない場所だ。

ライターとして飯を食っている主人公は、食い扶持に困っていたあるとき、都市伝説にまつわる記事執筆の仕事を得る。ほとんどは適当に書いてしまったが、特集のひとつを埋めるため、譲ってもらったものの嫌な予感がすると止めに入った先輩の言葉を流し、その事故の現場に赴くことになる。

カーブ

やはり何の変哲もないカーブだ。特にいわくがあるとは思えない。途中に会った茶屋で店主と思しきばあさんと話す内に、事故の内容がわかってくる。都市伝説として面白い話にするには、被害者に何か共通点がなければ。

一旦たばこを吸って落ち着こうと茶屋の外に出たところ、脇にあった地蔵に目がいく。呼び戻された後ばあさんと話を続けるが、具体的なところに話が及ぶにつれ、徐々に不穏な空気を纏いはじめる。

それになんとなく体がだるい。どうしたんだろう。

満願

刑期を終え出所することになった、私が学生時代に下宿していた家の内儀。長くお世話になったこともあり、内儀の罪をとにかく軽いものにしようと奔走していた私は、それまで盛んに控訴を望んでいた内儀が突然「もういいんです」と断念したことに疑問を持っていた。元々は下された判決に抗おうとしていたのだ。それがなぜ・・・?

内儀は私に、本当によくしてくれた。旦那は私を激しく嫌っていたが、内儀が気を使ってくれたおかげで私は勉学に励むことができたし、学生の身空で司法試験に合格することができたのだ。

だるま

スランプに陥っていたときに連れて行ってくれた調布深大寺の達磨市。ここで一緒に買った達磨のことを思い出す。内儀が買った達磨は客間の違い棚に置かれていたが、この客間で内儀が金貸しを刺したとき、達磨は後ろを向いていた。縁起物の達磨をなぜ後ろ向きにしていたのか。

ある発想に至った私は戦慄した。内儀が本当に守ろうとしてたものはなんだったのか。内儀がなぜ控訴を取り下げたのか。

私は常識に囚われすぎていたのかもしれない。何よりも人の命は大事なのだと、誰が決めたのだ?

本当に大事なものは何か、本当に守りたいものは何か

私たちは昔から「命は大事なもの」と教わってきました。人の命を奪うことはいけないことだし、自分の命を疎かにしてもいけない。大前提として染み付いていることと思います。しかし、それが必ずしも全てに勝る大事なものであるとは限りません。

ある地域の原住民にとっては、命よりも誇りを守ることの方が大事だとされています。ある国では親や上司、または国自体に命を捧げることが何よりも大事だとされています。そしてその最小単位は「人」に及びます。要するに、人によって何が本当に大事なものなのかは違うということです。

本当に大事なものは何?

この小説は、本当に大事なもののために世間から逸脱する選択をした人たちの物語。それは卑小なプライドだったり、居場所を保ち続けることだったり、はたまた愛する人のもとにいるために・・・皆それぞれに事情を持っているのです。

私たちだって、毎度毎度最良の選択しているとは限りません。何かを得るためには何かを捨てなければならない。それぞれの主義信条によってないがしろにしているものは違うでしょうが、それが逸脱していない選択がどうか、本人にはわかっていないことが多いのです。

よって、各々の物語に仕込まれた驚愕の結末に私たちは違和感を覚えつつも、それが絵空事のようなファンタジーではなく、現実から半歩だけ踏み外した逸脱であるがゆえに、居心地の悪い納得感を覚えてしまうのでしょう。

文章の美しさに古典の流麗をみる

米澤作品に通ずる文章の美しさは、もちろん本作でも存分に発揮されています。それは表題作の「満願」に最も感じ、まるで古典の名作小説を読んでいるような心持ちになります。かといって古典特有の読みにくさはなく、むしろスイスイと読めてしまう不思議。

読み終えていつも思うのは、丹念に調理された日本料理を心ゆくまで楽しませてもらうのに近い感触を得られるということ。物語が美しいと、練り込まれた毒もより顕著に効き始めます。それも絶妙にリアリティを残した逸脱なので、非常に現実感があるんです。

古典

人間とは一筋縄で測れないもので、それが世間的に間違っているとしても、しなければならない選択というものがあるのです。米澤穂信の小説を読むと「人間とは何か?」について考えさせられます。卑小で愚かな人間とは、間違える生き物なんですよね。つくづく未完成な生き物であることを感じずにいられません。

前述の「儚い羊たちの祝宴」に並ぶ“人間とは何か”について描いた傑作暗黒短編小説集として、今後語り継がれる本になってほしいですね。

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