実体験から考える、リスクしかない「危険な組体操」の存在意義。

組体操の必要性

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組体操の花形。ピラミッドにまつわるトラウマ

この記事を読みました。

【緊急提言】組体操は,やめたほうがよい。子どものためにも,そして先生のためにも。<組体操事故の実態>(内田良) – 個人 – Yahoo!ニュース
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実はこの組体操、私の中にトラウマとして残っている事項のひとつです。

忘れもしない、あれは小学5年生の運動会。4年生まで通っていた小学校を転校し、新しい小学校で最初の運動会でした。運動会が行なわれる1ヶ月前から、過酷な組体操の練習が始まりました。体育の時間はほとんどこの予行練習に費やされ、道徳の時間などフレキシブルに授業内容が変わる時間も組体操に充てられました。

毎日のように体操服を持っていき、あるときは運動場の砂場の上、あるときは体育館のワックスがかかった床の上、たまにレクリエーションスペースという柔らかいマットの上で予行練習をしました。マットの日はホッしたのをよく覚えていますね。

私は小学生のときから運動もたいしてしない割には体格が良く、身長もそこそこあったため、必然的に組体操の花形・ピラミッドでは一番下の土台を担当させられました。来る日も来る日も土台となって5段ピラミッドの足として耐える。先生は「力を合わせれば必ずできる!」と励ましてきますが、そもそもこれができたところで何の意味があるのかよくわからないまま、ひたすらに耐える、耐える、耐える。

組体操の存在意義

1日に何度も練習していると、回数を重ねるたびに体力がなくなってきます。痛い細砂利が地面を覆う運動場で練習をしていたあるとき、耐えきれなくなった私は肘を曲げ、突っ伏してしまいました。私が担当していたのはピラミッド土台の左端。幸い5段目に立つ生徒が登る前だったことと、私が端っこだったこともあり、緩やかに雪崩を起こしてそのピラミッドは崩壊しました。幸いにも私には擦り傷以外の怪我はなく、突然崩れたピラミッドに驚いたであろう他の生徒にも怪我はないようでした。

体勢を立て直しみんなに「ごめん」と謝ろうとして振り向くと、そこには冷たい目が並んでいました。生徒だけじゃない、先生も。あの刺すような冷たい目は忘れられません。私は思わず泣きました。あまりはしゃぐような子どもではなく、どちらかというとクールな印象を残していた私が学校で泣きじゃくったのは、これが最初で最後だったかもしれません。

組体操の存在意義

さすがに焦ったのか先生は「大丈夫だから、次はきっと成功する!少し休め」と声をかけてきましたが、そもそも私はクラス全員の共同作業であるピラミッドを崩壊させたことに泣いているのではなく、「なぜこんな意味のわからない危険な組体操を毎日毎日やらないといけないのか」と憤り、泣いていたんです。

一度先生に聞いたこともあります。返ってきた答えが「みんなでひとつのものを作り上げることに意義がある」とか、「昔からの伝統なんだから黙ってやれ」だったことに愕然とし、もう学校ではロボットでいようと思考停止してしまいました。だからか、小学校の思い出は全くと言っていいほどありません。完全にトラウマと化しています。

リスクしかない組体操

元記事によると、「組体操」という項目はそもそも学習指導要領に記載が全くなく、体育競技として行なうものとして位置づけられていないそう。教育委員会によっては禁止しているところもあるということですから、その危険性は推して知るべしといったところ。単純に考えても組体操は、特に体の発育途中である小学生でやるには危険すぎるのではないでしょうか。

先日起きた大きな事故について、元記事より引用させていただきます。↓

5月9日に熊本県の菊陽町立菊陽中にて、3年生男子が救急搬送され、全治1か月程度の腰椎骨折と診断されたのである。体育祭に向けて、140人でつくる「10段ピラミッド」の練習中に、ピラミッドが崩れて、いちばん下にいたその生徒が被害に遭ったという(『読売新聞』熊本版、5月13日朝刊)。

これは中学校で起きた事故ですが、私には正気の沙汰であるとは思えません。10段ピラミッドで土台をやるなんて恐怖の対象でしかないし、そうまで危険を冒して何が得られるというのでしょう。

組体操の存在意義

前述の私が体験した5段ピラミッドですが、結局本番で何とか形になり、一応成功したといってもいいのでしょうけれど、得られたものは何もありませんでした。先生がやたら推してきた「達成感」だとか「チームワークの勝利」だとか、そんなものがクラスで芽生えたとは到底思えません。あるのは「やっと終わった、もうあんな意味のない練習をやらなくていいんだ」という安堵感というか解放感でしたね。といっても中学3年までその負の歴史は続いていくわけですが・・・。

歴史だからとか伝統だからとかいう思考停止な理由ではなく、組体操をやることにどんな意義があって、ここまでのリスクを冒して何が得られるのか、どこを目指しているのか。それがハッキリしないのであれば、組体操なんてなくしてしまった方がいい。

百害あって一理なし。それが私の「組体操」に対する思いです。

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