『四月のある晴れた朝に100%の女の子に出会うことについて』をリアルに実践するときがきた。

四月のある晴れた朝に100%の女の子に出会うことについて

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四月のある晴れた朝に100%の女の子に出会うことについて

今日から4月。毎年4月になると、無性に読みたくなってくる物語があるんです。それが表題の短編。

このタイトルで気づいた方もいると思いますが、ノーベル文学賞に最も近い作家と言われている村上春樹の短編に、こういったタイトルの物語があるんですよ。以下の短篇集などに収録されています。

村上春樹が好きな友人なんかと話していると、もれなく男子は全員この話が大好きだとのたまいます。中には同意を示してくれる女性もいますが、どうやら主に男子から神聖視されている物語のようです。

文字数にしておよそ3,200字と少し。あらすじを説明しようにもこの文字数では読んでもらった方が早いくらいなので難しいんですが、それでも簡単にまとめてしまうなら、

「四月のある晴れた朝、原宿の裏通りを歩いていたら100%の女の子とすれ違った。別に対して綺麗なわけではないし、何なら30歳前くらいだろうから女の子とすら呼べないかもしれない。それでも、自分にとって100%な女の子であることはわかっていた。結局声をかけそびれた僕だけど、今ならなんて声をかければよかったかわかる。しかしそれはとても長いセリフだから、どちらにしろうまく喋れなかったに違いない。とにかくその科白は「昔々」で始まり「悲しい話だと思いませんか」で終わるんだ。」

となるかな。

ちなみにこの、『「昔々」で始まり「悲しい話だと思いませんか」で終わる』部分の物語が実にすばらしい。ぜひ読んでみてください。

およそ短編としても短すぎるくらいのショートショートな話なんですが、妙に心を揺さぶる何かが込められているんです。これを初めて読んだ多感な頃は、とりあえずある晴れた朝に原宿の裏通りを歩いたら、自分にとって100%の女の子に会えるんじゃないかと思ってしまったりするわけですよ。

いや白状すると、25歳のときに初めて東京に出てきて、最初に訪れた春のある日の朝、本当に原宿の裏通りに行きましたからね、僕。今で言う聖地巡礼みたいなやつです。

そのときは京都の片田舎から出てきたばかりで、目にするもの全てが新鮮、見かける女の子がみんなオシャレだったものだから、55%〜90%くらいの恋は毎日していた気がします。

100%の女の子

そんなステキな物語なのですが、今年は一味違います。というのも、この物語の恋する主人公は32歳という設定なんですよ。で、僕も現在32歳。…このあと何か気持ち悪いことを言うんだろうなと怖れる読者の方には申し訳ないんですが、気持ち悪いことをこれから言います。

「…もうこれは、四月のある晴れた朝に原宿の裏通りを歩けば、100%の女の子とすれ違えるに違いない!」

20代後半まで非リアな生活を送り、30代を前にしてようやく目覚めたリア充予備軍の僕ですが、発想はまだまだ非リア気質なようです。曲がり角でぶつかった女の子と恋に落ちたりしないかなと未だに考えるくらい手遅れなので、季節・年齢・状況などが兼ね揃っている今、この短編の設定にチャレンジしなきゃならないでしょう!

曲がり角でぶつかった可愛い女の子と恋が始まりたい

新年度一発目のブログ記事はこれを書こうと決めていたので、ようやくスッキリ。

ところで100%の女の子って何なんですか。実在するんですか?本当にいるんだったら早く現れてください。



僕は彼女にそんな風に切り出してみるべきであったのだ。

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