ピエール・ルメートル『その女アレックス』 必要なのは、真実ではなく正義。

その女アレックス

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史上初の6冠制覇!

この本、史上初の6冠達成で話題になっているのですが、ご存知でしょうか?

受賞したのは、
「このミステリーがすごい!2015」の海外部門第1位
「週刊文春ミステリーベスト10」海外部門第1位
『ハヤカワ ミステリマガジン』「ミステリが読みたい!」海外編第1位
「IN☆POCKET文庫翻訳ミステリー・ベスト10」第1位
「英国推理作家協会 インターナショナル・ダガー賞」
「リーヴル・ド・ポッシュ読書賞」

の6つ。

錚々たる賞ばかりで、普段あまり翻訳小説は読まない私でも「読んでおかなければ!」と奮起するくらい。とりあえず読んでみようと思い手に取り、いつものようにあとがきを読み始めると、訳者がこのように書いていました。

この作品を読み終えた人々は、プロットについて語る際に作品以上に慎重になる。それはネタバレを恐れてというよりも、自分が何かこれまでとは違う読書体験をしたと感じ、その体験の機会を他の読者から奪ってはならないと思うからのようだ。

帯にも「衝撃の結末!」などの言葉が踊っていましたが、この甘言にほだされて何度も騙されたことがあるため信用はしない私。それでもこのあとがきは気になります。

アレックス

「これまでと違う読書体験?」

どういうことでしょうか。読書という行為は多かれ少なかれ感情を揺さぶるものですが、体験そのものに変化をもたらすとは…?

数多くの賞を取ったことよりも、この言葉に惹かれて読み始めることになりました。

ネタバレを含みながらあらすじを解説していきますので、未読の方はここでストップ!

二転三転するストーリーに読者の感情は混乱する

物語が始まってすぐにアレックスは誘拐され、檻の中に監禁されます。誘拐犯に「おまえが死ぬのを見たい」と言われ、何日もの間放置され、次第に衰弱していく…。早く死んでくれるのを待っているネズミたちと闘いながら脱出の機会を伺うアレックスは、あるきっかけで脱出に成功します。

・・・普通の作品なら、誘拐・監禁からの脱出でひとつの物語となるでしょう。しかしこの物語では、脱出するまでは序章に過ぎません。ここまでは「かわいそうなアレックス」なのに、ここからは「おそろしいアレックス」に変貌しますから。

脱出して休息を取り、監禁した犯人が死んだことを知ったアレックスは、突然読者に何の説明もなく出会った男たちを殺害していきます。それも強烈に残酷な方法で。首を締め、あるいは電話機で殴りつけ、またはドライバーで目を突き刺して気絶させるのは序の口。最後のとっておきとしてアレックスがお見舞いするのは、80%の濃さで精製した濃硫酸を喉に流し込むこと。

あっという間に被害者から猟奇殺人犯に変貌するアレックス。読者はきっとポカーンとしながらページを手繰っていることでしょう。しかしその驚きもまだ終わりではありません。

アレックス

自分の過去を少しずつ処分しながら、アレックスはホテルで突然命を絶ちます。しかも自身にわざわざ大ダメージを与えるようなやり方で。物語も途中でメインキャラクターが死亡し、彼女を追っていた警察たちは絶望します。犯人死亡によりこれで濃硫酸を喉に流し込む猟奇的連続殺人事件は終わりを告げたわけですが、何も謎は解けていない。

最終章は警察が残された数少ない手がかりを元に真実を明らかにしていくパートとなりますが、ここで読者は気づきます。「おいおい、警察さんよ。それじゃあアレックスのミスリードに引っ張られちまうぜ!」と。そう、アレックスは何も無差別に殺人を行なっていたわけではない。一見つながっていそうにない被害者には、ある共通点があったのです。

アレックスは被害者であり、猟奇殺人犯であり、復讐の鬼でもありました。対象をそれぞれ適切に処分し、最終的に諸悪の根源は誰であったかを警察にミスリードさせるためにいくつもの伏線を張っておいたのです。確かにアレックスは殺人犯でしたが、自分の死を自殺と認定させるわけにはいかなかった。被害者でありかつ殺人犯でもあるアレックスを殺したのは◯◯でなければならない。

そのためにアレックスは、ここまで奔走していたのです。

必要なのは、真実ではなく正義

物語の最後に、ある人物のこんなセリフがあります。

「まぁ、真実、真実と言ったところで……これが真実だとかそうでないとか、いったい誰が明言できるものやら!われわれにとって大事なのは、警部、真実ではなく正義ですよ。そうでしょう?」

ここで読者はゾッとするのでは。

暴かれたのは真実のようで真実でない。いわば片方からみた正義の一片に過ぎないのです。アレックスを知る私たち読者は、奇妙な心持ちになります。感情や思想を揺さぶられ続けた私たちには、もはや自分なりの正義を誇示することしかできないのですから。

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