映画『アイデン&ティティ』 君が君でいる限り、私は君が好きだよ。

アイデン&ティティ

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ひとは自分の属さないところへ行ってはいけない

先日会社のメンバーとカラオケに行った際、映画『アイデン&ティティ』の麻生久美子はめっちゃかわいいよねという話になり、久しぶりに観たくなって借りてきました。

映画は今から12年前だから、当時麻生久美子は24歳くらいかな。正直、色気や演技力はまだ発揮できていなくて、あらためて観ると結構セリフが棒読みだったんだなと驚きました。とはいえ、この映画での役は現実感のない女神のような女性なので、その浮世離れした感じが見事に合ってはいました。

ホントかわいいわ、麻生久美子。

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あらすじ

バンド・ブームに乗ってメジャー・デビューしたSPEED WAY。

デビュー曲がそこそこヒットし、女性ファンも増えた。しかし、ギタリストの中島は、本当のロックを求めて葛藤する。

そんな時、中島が暮らす高円寺のアパートに、ボブ・ディランのような風貌の、謎めいたハーモニカ吹きが現れた。その姿は中島にしか見えなかった。

やがてバンド・ブームは終息。ある事件をきっかけに、中島は自ら歌うことを決意するが…。

バンドメンバー

ロックってなんだ?

音楽をモチーフにした映画はいくらでもありますが、その中でも『ロック』を扱うのは非常に難しいですよね。定義もよくわからないし、何がロックなのか、どこまでがロックなのか、どこからがロックなのか、ロック純度の違いによってその基準はブレブレですから。

ちなみに私の中でロックの最高峰は、3年前に解散してしまったGO!GO!7188です。あとの音楽は皆、GO!GO!7188以下の存在でしかありません。異論はいくらでも認めますが、こんな風に人によって基準が違うため、全人類が納得するロック映画なんてものはハナから存在しないと思ったほうがいいでしょう。

映画の舞台となっているのは、まだロックが世界を変えると信じられていた時代。ロックが反逆を意味していた時代です。ロックがロックであり続けるために、中島(峯田和伸 ex.銀杏ボーイズ)は悩んで悩んで悩みまくる。バンドメンバーが売れるために商業ロックの道へハンドルを切ろうとしても、中島は自分を信じて自分の歌を歌う決意をする。

峯田

ドラッグや宗教、アルコールに溺れるのがロックなのか?

それにしても、ロックって一体何なのでしょうね。私は音楽にジャンルなんてないと思っている人間なので、当然ジャンルで音楽を聴くこともありません。ロックだろうが、ポップスだろうが、クラシックだろうが、ジャズだろうが、良いものは良いし、悪いものは悪い。そんなシンプルなものですよ、音楽なんて。

しかもロッカーはなぜかドラッグや宗教、アルコールに依存していること多い気がします。個人的にそんなものに依存している人間にろくな奴はいないし、崇拝の対象にすること自体間違っていると思っています。早逝したロック・ミュージシャンを神聖視するのはやめたほうがいいんじゃないですかね。

だから中島が「ロックじゃねぇ!」と連呼している姿にあまり共感はできていません。そもそも中島のやっている音楽が「ホンモノのロック」なのかもよくわかりません(そんなものがあれば、の話ですが)。

ただ、中島がホンモノのロックを鳴らしているのかどうかは、この映画にとってあまり関係がないと思っています。

アイデンよ、ティティを守れ!

中島が守らなくてはならないのは、「ホンモノのロックを鳴らすこと」ではなく、「自分らしさを失わないために、アイデンティティを崩壊させないために、自分がやりたいことをやる」という想いでしょう。

何度も挫けそうになる中島(=アイデン)を支えるのが、麻生久美子演じる彼女(=ティティ)なんですね。ひょっとすると彼女は実在する人間ではないのかもしれない。中島の心に巣食っている、最後の砦のような存在なのかも。だから彼女は女神のように描かれているのかもしれません。

アイデンティティを守る、という行為は、ここまでしないと守りきれないんですね。自分の意思だけを信じていても、人間なんて脆いものであっさりと挫けてしまえるもの。だから虚構でもいいから、崩壊を防ぐ役割を自分の中に産み出さなければならなかった。それが彼女という存在なんだと私は解釈しています。

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「君が君でいる限り、私は君が好きだよ」

彼女の発言は名言のかたまりみたいなものですが、その中でも残酷な言葉をひとつ。

「君が君でいる限り、私は君が好きだよ」

とても嬉しい言葉だとは思うんです。ありのままの自分でいるだけで、好きでいてくれるわけですから。しかし同時にとても残酷な言葉でもあります。

だって、自分が自分でいられなくなったら、つまりアイデンティティを見失ってしまったら、彼女は僕のことを好きでいる必要がなくなるわけですからね。

女神のような彼女に救われ、「君がいなければ僕はダメなんだ」と情けないことを中島はこぼします。全然ロックじゃないよ、それ。でも、彼女がいるから中島はアイデンティティを見失わないでいられるんです。なぜなら、アイデン(中島)とティティ(彼女)が揃わなければ、アイデンティティ(自己同一性)にはならないから。



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