【書評】窪美澄『晴天の迷いクジラ』 死ぬ理由の浅薄さ。生きる理由の浅薄さ。

晴天の迷いクジラ

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すぐ隣りにある、残酷さ

生きる苦しみを描かせたら右に出るものはいない作家・窪美澄。代表作でもある『ふがいない僕は空を見た』で初めてその残酷さを知りました。

なぜ彼女は、ここまでリアルな苦しみを描けるのだろうか。しかもそれは大逸れたものではなく、誰にでもふとしたきっかけで起こりうる、すぐ隣りにあるような残酷さなんです。

どれだけ死を願っても、間際に入る一筋の光を頼りに、なんとか生きようともがく。そんな人間を描くのが、本当にうまい。

あらすじ

小さなデザイン会社で働く由人は傾きつつある会社で激務に追われ、次第に心を病んでいく中で失恋し、ついにうつ病を発症する。

そんなデザイン会社の社長・野乃花は、自分の力で立ち上げた会社の倒産とともに命を絶つ準備をしている。

死を求める由人と野乃花は、湾に迷いこんだクジラの話を耳にし、死の間際の享楽にとクジラのいる南の半島に向かう。

途中で死への旅路に向かう女子高生を拾ったところ、彼女もまた母との関係に苦しみ心を病んでいたのだった。

死を望む3人が向かう迷いクジラの前で、彼らに何が起こったのか・・・?

湾

3つの不幸な物語は、ひとつの希望につながる

第1章「ソラナックスルボックス」

由人と同じうつ病を患ったことがあるからわかる。ソラナックスもルボックスも、いわゆる抗うつ薬です。そのタイトルだけでかなり不安にさせられますが、内容はもっと苦しい。

デザイン会社でのあまりの激務に、体も心もボロボロになった由人。それでも抗うつ薬を飲みながら日々の業務に追われている。付き合ってきた彼女には浮気をされ、もう生きる気力すらも失いそうになったとき、会社が倒産することを知る。練炭を抱えて死を望む社長の野乃花と会い、彼女の死を止める口実に、たまたまテレビで見た、湾に迷いこんだクジラを見に行くことになる・・・。

ブラック企業に務めたことはあるでしょうか?この話を読んで、「ああ、自分のいた会社はまだまだマシな方だったんだな。」と嘆息するくらいに心を壊していく描写がえげつないので、今まさにブラック企業で働いているという方は読むのを控えたほうがいいかもしれません。

過労死が問題になる中、もはや現代社会の病理でもあるストレスをここまで残酷に描いている物語もそうそうないでしょう。

第2章「表現型の可塑性」

2話の主人公は、ブラック企業の社長・野乃花。その幼少から現在を描いているのですが、田舎ならではの閉塞感と、貧乏ならではの苦しさが、野乃花のいろいろなことを諦めた生き方を通して伝わってきて、崩れ落ちそうになりました。

若干田舎寄りの人生を送ったことはありますが、生活圏の狭さによる言いようのない息苦しさにたまらず深呼吸してしまいそうになります。窪美澄の手にかかれば、貧困表現もお手の物。この世の中がいかに不公平で残酷なのかが、嫌でも伝わってきます。しかしページを捲る指は止まらない。

第3章「ソーダアイスの夏休み」

かわいらしいタイトルとは裏腹に、ある意味この話が一番精神にくるかもしれません。

赤ちゃんのまま死んでしまった姉を持つ高校1年生の正子は、母からの異常を通り越した尋常ではない過保護っぷりに、次第に心を病んでいきます。母が正子を縛るのは、歪んでいるにしろ愛情であることには変わりない。それがわかっている正子は母に反抗することができず、そのストレスは最悪のかたちで訪れてしまう・・・。

この小説にはどうしようもない人間も出てきますが、この母親が一番イヤな存在として脳の片隅に残っています。なにしろ彼女は悪気がない。むしろ娘のことを思って行動しているにすぎない。それだけに何も言えなくなる。

この偏った愛情には、恐怖や狂気すら感じます。

第4章「迷いクジラのいる夕景」

車で迷いクジラの元に向かっていた由人と野乃花が、トボトボと道を歩いていた正子に声をかけ、死ぬ前に一緒にクジラを見に行くことになった。ちょっとしたニュース沙汰になっていたクジラの界隈で、たまたま出会ったある家族と交流することになる3人。ちょっとしたことから架空の家族を演じることになった3人は、次第に心を通わせ、徐々に生気を取り戻していく。そしてその結末は・・・。

残酷すぎる物語の結末は、結局残酷なまま。何か希望があるのだとしたら、それは包まれていた薄い膜をぶち破ったこと。鬱屈とした過去を全力でぶち抜いたこと。まだまだ障害物競争は続くし、決して明るい未来が見えているわけでもない。でも、ほんの少しだけ、生きる気力を持つことができた。

よかった。本当によかった。死なないでいてくれて、本当によかった。

迷いクジラ

筆力で読ませる

この物語の推進力は、間違いなく窪美澄の筆力に依るものです。

こんなに不幸で、残酷で、つらい物語なのに、先が気になって仕方がなくなるんですから。

これが物語る力なんだな、と、窪美澄の本を読むといつも納得させられますね。

あと、もし『ふがいない僕は空を見た』で窪美澄の「セックス描写力」に魅入られた方は、ぜひ『晴天の迷いクジラ』でも注意深く読んでみてください。愛の証明としてセックスではなく、ぽっかりと空いた心の穴を塞ぎ合う行為としてセックスが、生生しく感じられるでしょう。オススメです。


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