「連続した時間」で読める本と「細切れ時間」で読む本、その使い分けが感性を育てる。

読書する女性

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時間不足と中断の時代の読書について

腑に落ちる記事を読みました。

偉大な小説の時代はもう終わった? 時間不足と中断の時代の作品と読書

とにかく本が好きな私は、読書のために使う時間をスケジューリングして確保するようにしています。というのも、今の時代は読書以外に取られる時間が多すぎると思うのです。

私が大学生だった10年ほど前は、携帯電話はまだ初期のガラケーが主流でメールと電話以外で携帯を使うことはあまりなく、余暇を携帯に依存することがあまりなかったので、読書に時間を割り当てることも簡単でした。

しかし2014年現在、携帯はスマートフォンになり、パソコンは高性能になり、ゲームは進化しました。娯楽としての読書には、あまりに敵が多い。もちろん教養や学問のためにする読書は今でも時間を確保して行なう人は多いと思いますが、こと娯楽としての読書に使う時間をどれだけ確保しているでしょうか。

新書ブームの理由

とにかく現代人は忙しい。「本を読む」という行為はとにかく時間を食うんですね。マンガが出版不況の中でも比較的元気なのは、1冊あたりに使う時間がとても少ないことが影響しているのかもしれません。2005年あたりにブームを迎えた新書は、1冊あたり2時間程度で読み終わることができ、手軽に教養を学べるということで今でも毎月多く刊行されています。

時間不足のこの時代、大きく割を食っているのは文芸書なんじゃないでしょうか。私は昔から小説が好きでよく読んでいましたが、ここ4年ほどはさっぱり読み通せていません。買ってはいるのですが、読む時間がないのです。

もちろん細切れに読むことは可能でしょうが、いわゆる物語である小説はあまり細切れにしてしまうと話がわからなくなってしまったり、感情移入している場合などはその気持ちが冷めてしまうこともあります。人にはよるでしょうが、ある程度一気に読み通してしまった方が結果的におもしろく感じるのではないかと思っています。

「中断」できることを前提としたコンテンツが主流に

小説

つまり時間不足の中でも特に、「連続した時間」が取れない時代になってきているんですね。これは年々加速すると考えられます。今流行っているスマートフォンのゲームは、基本的に中断することが容易です。電話がかかってきて中断されたとしても、電話が終わればなんの問題もなく続きからプレイすることが可能です。

そして何より1プレイあたりの時間がとても短い。従来のテレビゲームで人気があったファイナルファンタジーやドラゴンクエストに代表されるロールプレイングゲームは、スマートフォンゲームの世界ではあまり人気がないようです。「物語」を楽しむには、細切れの時間では感情移入が難しいことが関係しているのではないかと考えています。

読書においても「中断」できることを前提としたコンテンツが主流になる日も近いでしょう。前述のマンガが然り、2時間でなんとか読める新書や、多数のイラストや独特の文体で読者にマンガ的読後感を与えるライトノベルが人気を博している昨今、その流れは着実に歩を進めています。それがいい悪いという話ではなく、コンテンツメーカーは本をつくることにおいてもそのことを考えなければならなくなる、ということです。

読書の仕方を「限定」しない

読書する女性

さて、では私たち読み手は、この時代にどんな読書をすればいいのでしょうか。
引用元の記事にはこのように書かれています。

読み手である私たちにも一つの選択が必然的にやってきます。時間と集中力が分断される時代において、どんな読書をすればいいのかという問題です。

一つの態度は「読書こそ素晴らしいものなのだから、ウェブやその他のメディアを消費するのを制限してもっと深い読書を追求すべきだ!」というものです。もっともな意見である一方で、この記事の仮説が正しければそれは次第に時代遅れになってゆく可能性もあります(時代遅れが悪いとは限りませんが…)。

もう一つの態度は「この時代に合った読書しかしない!」というもので、新書がこれほど売れ、漫画のように視覚によって解釈が固定され、文体によって読者に想像力の働く余地をあまり与えないライトノベルが売れる下地を形成しているようにも思えます。
(中略)
どうも最近単純な、わかりやすい喜怒哀楽、表題だけで中身が予想できる程度の読みしか味わっていないと思ったなら、思い切ってそれを逆に振ってみて、解釈の分かれる繊細で時間のかかる作品を1ヶ月ほどかけて楽しみます。そして逆に時間がない、集中力が持続しないというときには一気に吸収できる読書をどんどんこなしてゆくという二面作戦です。

そもそも時代が変わったからといって読書の方法まで変えなければならないかというと、それは違います。電子書籍が普及しKindleやiPadで本を読む人も増えてきましたが、だからといって読む本が変わるわけではありません。古賀史健さんの「嫌われる勇気」は、紙で読んでも電子書籍で読んでも同じ内容です。

時間泥棒と徹底的に闘うこと

時間泥棒

答えなどない質問ではありますが、私は「連続した時間」があるかどうかによって読む本を分けています。例えば平日出勤仕事があるときは、通勤電車の中と昼休み、帰ってからの1時間くらいしか本を読む時間はありません。ですので、読む本はもっぱら新書です。

うまくいけば1冊すべて読み終えて、場合によっては書評ブログを書くこともできます。逆に1日家にいるときは、分厚い2段組みの上下巻小説に手を出すこともあります。大体夢中になってしまうものですが、物語が中断されると一気に冷めてしまう私は、とりあえず切りのいい上巻までは一気に読み通します。余裕があれば下巻まで読破しますね。

「時代に合った読書の仕方」ばかりしていると、あまり頭を使わずに読めてしまう本ばかり手にしてしまうことに繋がります。正直私は、この読み方ばかりしているとどんどん感性が死んでいくんじゃないかと危惧しています。

読書に限った話ではありませんが、連続した時間を意識的につくりその時間にやりたいことをやる!と考えておかないと、細切れ時間でできることしかやらなくなる可能性があります。習慣とは恐ろしいもので、一度陥ってしまうとなかなか元には戻れないでしょう。

今回は読書をモチーフにしましたが、みなさんも「連続した時間」を意識的にどれくらい確保できているのか、一度振り返ってみてはいかがでしょうか?私は今、ミヒャエル・エンデの「モモ」を読んでいます。怖いですね、時間泥棒って。

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