「他者次第」の夢なんて、持たない方がいい

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「他者次第」の夢なんて、持たない方がいい。

この記事を読みました。かなり共感。

これも寝て起きて見てみたらブクマが22も付いていたので追記。 この記事は5..

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話題になっているアドラー心理学の本・嫌われる勇気を読んだ後ですと、さらにこの記事はおもしろく読めます。

 「他者次第」の夢、みなさんは持っていませんか?
「皆に認められたい!」
「皆に愛されたい!」
「チヤホヤされたい!」
・・・

私も以前はこんな「他者次第」の夢ばかり持っていましたが、他者の思考に依存する夢は極力持たない方がいいなと実感しています。どれだけ「愛されたい!」と思って努力しても愛されるかどうかわからないし、案外努力しなくても愛されてしまうこともある。

「他者次第」の夢は、自分の努力でどうにかなるとは限らないんですね。叶わなくても自分の努力不足ではないかもしれない。叶ったのは自分の努力のおかげではないかもしれない。「他者次第」の夢は面接と一緒で、「何が悪かったのか」「何が原因だったのか」がハッキリしないもの。だから、つかみどころがないし、報われもしない。

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「◯◯されたい…」より「◯◯したい!」

夢を抱くなら「◯◯したい!」にした方がいいのではないでしょうか。特に精神衛生上は。必ずしもそうではないかもしれませんが、「◯◯したい!」であれば基本的に、成すとも成せなくとも「自分事」として考えられますよね。成功しても失敗しても、解決法を探ることできます。

しかし他者次第の夢だと、それは自分がそうなるために努力するというよりは、「他者の思考を変えさせるために努力する」ようなものになりかねない。他人の思考を変えるなんて基本的に不可能だし、変わるかどうかは他人の問題です。それは自分の問題ではない。

そんなことを「夢」として生きていくのは、正直つらい。私は以前、「みんなに愛されること」に尽力していたことがありますが、八方美人と罵られて逆に嫌われることもありました。こんなに頑張っているのになんで愛してくれないんだ!?と憤りましたが、努力がかならず報われるわけじゃないし、相手を変えようと必死になっていたんですね。思えば何の意味もない不毛な努力だったと思います。

他者との関係ありきの社会に生きている私たちは、他者との関わりなしには生きていけません。しかし、他者を変える夢を持ったところで、その夢を叶えるための努力は大抵の場合空回りしてしまう。「◯◯されたい!」という不毛な夢は捨て、「◯◯したい!」という自分志向の夢を抱きましょう。その方がきっと、幸せになれる。

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