SWITCHインタビュー【中井貴一×糸井重里】 やさしく つよく おもしろく

スクリーンショット 2015-02-01 15.21.11

スポンサーリンク
スポンサードリンク

中井貴一 × 糸井重里

NHK Eテレで放送しているSWITCHインタビュー。当ブログでも一度取り上げたことがありますが、組み合わせの妙が本当に面白く、毎週楽しみにしている唯一のテレビ番組です。
※前回の記事:SWITCHインタビュー【東出昌大×朝井リョウ】器が大きくなるってことは、思考が止まること。

その中でも「これだけは絶対に観ておかないと!」と録画予約して待っていたのが、昨日放送された俳優・中井貴一とコピーライター・糸井重里のクロスインタビュー。ファンはもちろん芸能人に人気のある中井貴一と、私が尊敬する言葉の魔術師・糸井重里が対談して面白くならないわけがない。

期待に胸を高鳴らせて放送に望んだところ・・・期待以上の話が飛び出してきました。心に刻んでおいたほうがいい話はしっかりメモしておいたので、記事化の上でアーカイブしておこうと思います。

スクリーンショット 2015-02-01 15.20.53
ここからはクロスインタビューの模様から「面白い!」と思った部分を抜き出し、コメントを挟んでいきます。ちなみに書き起こし部分は100%確実に起こせているわけではないので、あしからず…。ただ、重要なエッセンスは抜き出せていると思いますよ。

きっかけは「面白いこと」から

中井:
糸井さんの会社って、社員との垣根が低いですよね。社員の方が皆糸井さんのことを好きに見えた。僕はサラリーマンの経験はないんですが、糸井さんの会社の社員はすごく仕事を面白がってやっている。そこは羨ましく思いますね。

糸井:
自由の問題なんじゃないかな。楽しいオフィスをつくって、さぁ楽しめ!と言っているわけじゃないんです。例えば切り株がひとつあったとして、そこに座ろうがちゃぶ台にしようが、「俺が決めた」というのは楽しい。そうやっているときはみんな生き生きしているんです。

「これはちゃぶ台だから座っちゃダメ」と言われたとき、もしすでに腰をおろしていたら辛い気持ちになりますよね。辛くなったりすることが無い方が、その人らしく生きられる。

会社をやる上で特に決めてやっていることじゃないけれど、こういうのはあったら嫌だなってのはあります。「上司がいて、社員はそれにおびえているような会社」があったら嫌ですね。ドラマを書くような脚本家が「会社なんてこんなもんだ」なんて思って書いているんじゃないですかね。

だけど社長の言うことを皆がすんなり聞いてくれるわけじゃない。

中井:
そっくり返っている人ばかりじゃないですからね。僕のスポンサーになってる人に、そんな人はいないです。
糸井さんって、自分を何者だと思いますか?

埋蔵金を探していた時期が糸井さんだっていうイメージがあって。日本政府も糸井さんが探している埋蔵金を勘定に入れているんだって、ずっと思っていた時期が(笑)。どこのプロジェクトで穴を掘ってんだろうと。

糸井:
それは貢献しました。世の中を面白くしましたね。でも、あぁいうことはやりたいと思ってやったわけじゃないんです。「面白そうですよ」と誘いがあったときに引き受けたりしていたんです。あんまり面白くない奴は途中でやめちゃうけれど、最初、ここまでは確かってのは出てこなかったんですよ。

たのしい職場

のっけからこんなに面白い話をしだして驚きました。

というのも、私は以前に自分に過去の記憶や思い出が少ないのは、「自分で決めたこと」が少なかったから。という記事をこのブログに書いたのですが、糸井さんの仰った「俺が決めた」というのは楽しいという言葉をまさに体感した故に書いたようなところがありまして。「そうそう!そうなんだよ!」と快哉を叫びそうになりました。

この「自分で決める」ということができない結果、上司におびえるような会社ができあがるんじゃないかなと思うところがあります。大体恐怖政治を行なう会社は、社員に自治権がありませんからね。糸井重里事務所がまさにこの真逆をいっていることがよくわかります。

「面白いこと」を仕事にするのって、結構非難されることが多くありませんか?それって「仕事はつまらないもの」「つらい思いをして取り組むもの」というメディアがつくった当たり前に洗脳されているからと私は認識しています。待っていても「面白いこと」なんて降ってこないんだから、それが欲しいのなら自分から求めないといけない。ここで思考停止している人は本当に多いと思いますね。

督促状が詩的な文章で来たらイヤだ!

糸井:以前、詩人の会っていうイベントにゲストで参加したとき、ふと「この人たちから税金の督促状が来たらイヤだな」と思ったんですよ。味も素っ気もない文章のおかげで成立しているもの世の中にはあるんだなって。決まり文句中の決まり文句で書いてあるから払おうと思うんだろうな。

中井:
それは、督促状が詩的な文章で来たらイヤだということ?

糸井:
つまんなく書かないといけない場所があるんですよ、多分。

中井:
韻を踏んでいる督促状がイヤなんでしょ(笑)。

糸井:
それとか、読んでいる内にいい気持ちになってきて、「人間愛を感じる」督促状が来たらイヤだな。イヤだけど守りましょうというルールが書いてあるので、その場合はつまんない文章がいいんでしょうね。つまんないものはつまんないよね。

督促状が詩的な文章!?

中井貴一さんが大爆笑していた印象的なシーン。

詩人の会でそんなことを夢想する糸井さんのイマジネーションに舌を巻きますね。確かに督促状が詩的な文章できたらイヤだなぁ。TPOじゃないですが、その場にふさわしい文章っていうのがきっとあるんだろうな。決まり文句で成立している場所もあるし、それを無理にバッシングする必要もない。

言語感覚の鋭い糸井さんならではの感性ですね。

夢を持つことが大事なのではなく、本気になるのが大事

糸井:
僕は、夢は小さいほどいいと思っているんです。本気になれるから。夢を持つことが大事なんじゃなく、本気になるのが大事。みんなは夢というものを設計図だと思い込んでいるんですよ。空を飛びたいな〜と思ったときに飛行機の設計図は書けない。それよりも「なんで俺、空を飛びたいと思ったの?」と自分に問いかけられるかどうかが大事なんです。

「本気か?」と自分に問いかけたときに、「あぁ、ウソだった…」と気づけるとホントに面白くなる。今自分がいる位置での問いかけの方が、自分ができることもイメージできることも増やしてくれる気がします。

空を飛びたいって、なんで思ったの?

夢を持つことや夢を語ることが、あまりポジティブに受け入れられなくなっていることについて、糸井さんが答えられたシーン。

「夢は小さく持つ」というのは自分も意識しています。「火星に行く」という夢があったとして、一足飛びにそこへたどり着くことはできない。その夢を叶えるために、いくつもの小さな夢をこなしていかないといけないんですね。だから「本気」になれるかどうかのほうが大事になってくる。そのために自分に問いかける。「お前はその夢に本気なのか?」と。

大事なのは自分に問いかけること。糸井さんのように優れた自問自答ができるとは限りませんが、折にふれて自分に問うようにしたいものです。

「こんなことが何の役に立つんだろう?」ということほど大事

中井:
映画「柘榴坂の仇討」は時代劇がダメだと言われる時代に武士道を描いた映画です。喜劇でもなければチャンバラもない。当たるか当たらないかで言えば、お断りする方がいいのかもしれない。でも、そう思った自分が役者として恥ずかしいなと。

糸井:
長く続けていれば、当たらない映画に続けて出ることで仕事がゼロになることも理解はされているのに。

中井:
強迫観念としてすごくありますね。数字に追われないためにこの仕事を始めたのに、常に追われるようになってしまっているんです。

糸井:
スクラムを組むときには「そんなのぶっ飛ばしていこうぜ!」と言いながら、いざ終わると「やっぱり数字が…」となる。

中井:
一番怖いのはやめてしまうことですね。つくる努力をしなくなること。これまで受け継いできたものがゼロになってしまう。今後また時代劇ブームが来たからといって、再興していくのは不可能だと思います。ダメな時期にこそやり続けることが大事ですね。自分がやるのも、それが自分のためというよりは、次につなげていきたいという想いからなんです。

煙管の仕草とか、誰かがそのことを伝えていかないと絶えてしまう。「こんなことが何の役に立つんだろう?」ということほど大事。そんなことを考えている人たちを、本当に大事にしていかないといけないと思います。

伝統も受け渡す人がいなければ

言い方は違えど、中井さんも糸井さんと同じようなことを考えていることが、このシーンから読み取れますね。

本気になれることをやめてしまうこと。これほど怖いものはありません。サスティナビリティ(持続可能性)という言葉が持て囃されたのは数年前ですが、いかにこの概念が大事か、今一度しっかりと考えておきたい。

ものごとは、長続けようと意識しなければ絶えてしまう。「これが一体何の役に立つんだろう」と思うようなことでも、それが受け継がれないことで絶える何かがあるのであれば、頑張って続けている人を大事にしていかなければならないんです。

涙もろくなるのは「経験値が上がったから」

中井:
涙もろくなると「年取ったからかな」なんてよく言いますけど、「経験値が上がったからかな」と言うべきなんじゃないかな。

糸井:
ああ、想像力が増えたということですよね。

中井:
いろんなものごとの気持ちがわかるようになったことが涙もろくなる理由なんじゃないかと。

涙もろいくなるのは、経験値が上がったから

年を経ることは、受け取るものが増えるということ。少しずつ感受性が磨かれ、感性もより豊かになっていく。もちろん失っていくものもあるでしょうけれど、確実に人生の経験値は増えていく。

人が映画で涙を流す理由はふたつある。

登場人物の表情や仕草に同調して涙を流すことと、登場人物の心を想像することで涙が流れだすこと。

これは別にどちらが優れているということではありません。ただ、より経験値を増やした人は後者で涙を流すことが増えていく。結果的に涙を流す機会が増えてくるということなのでしょう。

だから涙もろくなることは、別に恥ずかしいことじゃないんです。涙もろい私は、少し救われた気がしました。

やさしく つよく おもしろく

糸井:
ある人が、「60歳を過ぎてモテたときは、それは同情なんだ」と言っていました。これは名言だと思うんです。今の中井さんでしたら側に26歳の人がいても同情じゃなく、「好き」なんですよ。でも60歳になると「同情」なんです。

で、僕は60歳になったけどピンとこなかった。65歳になったときに「あ、60代になった」と気づいたんですよ。これっていつもそうなんですけど、1970年台は75年にくる。80年台は85年にくるんです。ちょうど真ん中に差し掛かってからようやく「この年代はさぁ」と語れるようになるんですよ。つまり5年間の蓄積があって初めて10年間を語れるんです。

中井さんは53歳だから、まだ50代をわかっていないのかもしれません。

中井:
なるほど。糸井さんは60代になって伝えていく姿勢に入ったじゃないですか。一体何を伝えていきたいのでしょう?

糸井:
なんだか言葉としてとても恥ずかしいんですが、やさしくありたいということでしょうか。「愛」と同じくらい恥ずかしいんですが。

いろんな方に問いかけてみて思ったんですが、やっぱり優しくされると嬉しいものなんですよね。でも「やさしく」と言ったところで、その力がないと困るんですよね。だから「やさしく」には「つよく」が要ると思うんです。優しくするだけの力が無かったら、共倒れになっちゃいますから。「実行力としてのつよさ」は必要になってきますね。言った以上はやるってことです。

そして、その景色がずっと同じだったらつまらないですよね。そこで次に「おもしろく」。

うちの会社では、僕が死んだ後で生徒手帳のようなものが配られて、ページを開くと「やさしく つよく おもしろく」と書いてある。そういう会社であればいいのかなと思っています。

僕がいなくなったら、やさしくないこともあると思うんです。そういうときにこの手帳を開いてほしいなと。順番もこの並びが大事だと思っています。

やさしく つよく おもしろく

来年のほぼ日手帳から、この文言を公式に掲載してほしいなと思います。それこそ「Only is not Lonely」並に大事な言葉になりそうです。

人と接するときはもちろん、新しいプロジェクトを始めるときなんかにも自分に問いかけたいですね。「お前のそれ、面白そうだけど本当に優しくできんの?」と。

糸井さんは自分がいなくなった後の会社や世の中のことをしっかり考えています。自分が得た経験値を、きっちり世の中に受け継がせていくことで還元しようとしているのでしょうか。それを言葉にしたのが「やさしく つよく おもしろく」。ステキな言葉だと思います。

自分を戒めるためにも、強く念じていきたい。


いかがでしたでしょうか。

この少ないテクストには、おふたりが今まで培ってこられたエッセンスがふんだんに詰まっています。これらの言葉を元に、自分に問いかけ、思考停止しない生き方をしていきたい。そんなことを思わせてくれる素晴らしい番組でした。

ちなみに見逃した方も、2月8日にカットされた分も含めた完全版が放送されますので、そちらをご覧になってみてくださいね。
☆「中井貴一×糸井重里」<完全版>放送決定!2月8日(日)15:00~16:15(75分)Eテレ


スポンサーリンク
スポンサードリンク
スポンサーリンク
スポンサードリンク