【書評】新庄耕『狭小邸宅』 胃が痛くなるほどの狂気に満ちた日常に戦慄する

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1年寝かして拝読

第36回すばる文学賞を受賞した新庄耕の『狭小邸宅』。2013年2月に発売された単行本はすぐに買っていたんですが、ようやく昨日読み終えました。というのも事前に「凄まじいブラック企業的描写」だと話題だったこともあり、何となく気圧されてページを開くことができなかったんです。

本の整理をしているときに発見し、それとなく読み始めてみたら一瞬で引き込まれてしまい、あっという間に読破。聞いていた以上に凄まじかったですが、その熱量と狂気に感情を揺さぶられて涙が出ることもありましたね。思うところも多いので書評を書いておくことにしました。

あらすじ

さしたる目的もなく戸建不動産会社に就職した松尾。そこは売上という結果以外、評価されない職場だった。容赦ない上司からの暴力。過酷なノルマ。成果を上げることが出来ない日々が続き、ある日突然、異動命令という戦力外通告を受ける。異動先の営業所でも、有名大学出の売れない奴として周囲から冷ややかな態度を取られる。そこでも課長から辞職を迫られるが、ある日様々な運も幸いして一つの物件が売れた。そこから課長に営業のノウハウを叩き込まれ、売上も一変。同時に服装、言動まで変わっている自分に気付かされ――。やがてどれだけ売れても満たされない空虚に侵食されていく。

(引用元)http://renzaburo.jp/shinkan_list/temaemiso/130222_book01.html

不動産営業の過酷すぎる現場

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一時期、営業ではないですが不動産関連の仕事に携わっていたことがあります。虫ケラのように扱われる営業マンを横目に仕事をしていましたが、その頃の苦い思い出が蘇ってきました。そしてあの状況は、不動産業界にとって当たり前の光景だったのかと軽く絶望もしました。

それはもう毎週のように営業マンは辞めていき、その度中途の企業戦士が補充されます。もはや隠すこともなく上長は言います、「お前たちは代替可能なコマなんだ!」と。学歴も職歴もコネも技術も「必要条件」ではない営業という仕事は、数字がすべて。

「売ること以外にお前らを評価する軸はない。売れなきゃ存在価値もない。」
そんなことを毎日のように言われながら、見る見るうちに憔悴していく営業マンの姿はさながらゾンビのようでした。

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人間とは恐ろしいもので、存在価値を否定され続けるとあっさり心が壊れてしまいます。過重労働と罵声・暴力で心は荒み、体は悲鳴を上げる。しかしそれでも足は自動的に会社へ向かう。こういう状況が続くと思考停止が始まります。現実から目を逸らし続けることで少しでもダメージを減らそうとするんですね。

そして思考停止が続くと「欲望」がなくなります。嗜好品や毎日の食事だけでなく、最終的には「生きること」にすら欲望を失いかねません。私も飲食店店長を務めていた際に似たような状況を味わったので、このあたりは理解できます。BtoCの営業がどれだけハードか、身に染みてわかりました。

あの時の会社を逃げるように辞めていった幾多もの営業マンが、それからどうなったのか。あまり考えたくありません。

物語はそんな不動産会社で勤務する営業マン・松尾が「今日こそ会社を辞めよう」と思うところから始まります。

住宅という人生の集大成が「狭小邸宅」だとしたら…?

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不動産といってもいろんな種類があります。今回舞台となるのは消費者向け住宅の販売会社。おそらく不動産業の中でも最もブラック度が高い業種でしょう。

一般的な消費者が人生でする一番大きな買い物は、おそらく住宅ですよね。それまでの集大成とこれからの飛躍を値踏みして、最も適していると判断した住宅を買う。つまりその住宅は「顧客の人生」を投影したものとなるはず。

タイトルとなっている「狭小邸宅」とは主に都会に存在するもので、小さな土地を有効活用するため縦に長く積み上げるように建てられるペンシルハウスのこと。場所によってはそれでも数千万円という大金を積まないと得られない。

もし家探しをしている顧客が営業マンから建売のペンシルハウスを紹介されたら。それは「あなたの人生はこのペンシルハウスくらいのものなんですよ」と言われているようなもの。例え「邸宅」にふさわしい物件を手に入れられる金額を提示できなかったとしても、そんな風には思われたくない。

松尾はペンシルハウスを売ることに惑い、半ば顧客に寄り添ってしまう不出来な営業マンでした。しかしそれは営業マンとして不出来だったたけで、果たして人間として間違っていたのでしょうか。

売れば売るほど幸せになるはずの、その先には

上司からボロクソに言われ住宅を売ることもできない松尾は、あるとき急な転勤を命ぜられます。もちろん問答無用です。異動先でも相変わらず罵倒される毎日でしたが、上長となった伝説の営業マン・豊川課長との出会いで松尾は変わりはじめます。

…ここでよくある小説であれば、人徳のある上司との出会いで仕事の楽しさを見出し、ハッピーエンドでおしまいとなるでしょう。もちろん「狭小邸宅」はそんな甘い話ではありません。

罵声・暴力といったもはや犯罪行為にあたる叱責を、豊川課長は全くやりません。終始冷静で射抜くような目で問いかけてくるタイプなんですね。そして折にふれて「お前は営業に向いていない、辞めろ。」と命じてくる。しかし松尾は、こんな会社で働き続ける苦痛よりも、会社を辞めて新しい会社を探したりすることの方が苦痛に感じるという理由で、頑なに会社を辞めようとはしません。

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この感覚は非常によくわかります。松尾は前述の思考停止になりかけているのでしょう。事態を好転させようという欲望を失ってしまったのだと。

その後、長く売れずにいた蒲田の物件を売ることに成功した松尾は、社長を含めた多くの社員に認められることになります。今までの苦痛を松尾とともに感じてきた読者は、ここで思わず泣いてしまうかもしれません。私も涙ぐんでしまいました。しかしそれからの松尾の変貌をみると、あの時家が売れたのは本当によかったのだろうか…?と感じてしまいます。

人は仕事で変わる、良い方にも悪い方にも

松尾は何の変哲もない一介のサラリーマンです。突出した能力はないし世渡りも上手くないですが、そこに人間味を感じます。親近感と言ってもいい。出会ったある女性と恋仲になり、仕事で苦しむ松尾をサポートしてくれていることで読者として「ありがとう!」と言いたい気持ちにもなりました。

蒲田の家を売ったことで自信をつけた松尾は、自分でもわかるほどに変貌を遂げます。風貌はもとより、人間関係にすら自ら傷をつけていく姿に絶望を感じずにはいられませんでした。彼女をいたわる気持ちを失ったとき、松尾は完全に壊れてしまったのかもしれません。

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物語はハッピーエンドを迎えたとは到底言えません。松尾はこの仕事にやりがいを見いだせて幸せだったのでしょうか?

「仕事」とは何なのかについて、深く考えさせられる本でした。


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