【書評】「この工場が死んだら、日本の出版は終わる…」日本製紙石巻工場の復興を追うドキュメンタリー『紙つなげ!』が真の絆を描く

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本1冊1冊に込められた想いを、僕たちは読んでいる。

なぜ自分が紙の本を愛してやまないのか、それがようやくわかった。自分が本を買うまでに、幾人もの人の「思い」が込められているからだ。書き手、編集、出版社、取次、書店・・・それに、紙を造る人たちの熱い思いが。

周知の通り、電子書籍が増えるにつれ紙の本は年々生産量を落としている。本を売るのが商売の書店も店を減らし、もはや「町の本屋さん」と呼べるようなものはほとんど見かけなくなった。大型書店が息をしているのみである。

しかし、出版社や書店の栄枯盛衰について語られることはあっても、そのコンテンツである本を成す「紙」について語られることは少ない。本の最後に書かれている奥付を見てみよう。

書かれているのは著者名、略歴、書名、発行日、発行者、印刷所、製本所、発行所・・・大方そんなものではないか。その本に使われている紙がどこで製紙されたのか、大体の本にその記録はない。

日本製紙で働く現場のある人によると、書店で販売されている本を手に取り、紙をめくるだけでそれが自分の手がけた「紙」であるかどうかわかるという。本のどこにも署名はない。楽しみにしていた本を買っていく人たちに、それが自分のつくった紙であることが伝わることはない。

「紙つなげ!彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場」は、東日本大震災で壊滅的な被害を被り、もはや再建は不可能と思われた日本製紙・石巻工場の再生を追った、渾身のドキュメンタリーである。

「俺を読んでくれ!」と、語りかけてくる本がある。

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この本を書店で見かけ手にとった時、不思議とあたたかいものを感じた。誇張なく、本自体が語りかけてくるものがあった。

表紙を飾る日本製紙石巻工場の皆さんが映る写真の発色の良さ、とても美しいのにギラギラしていない。本文を成す紙はクリーム色で目に優しく、とてもなめらかな触感で紙をめくるだけで幸せな気持ちになる。この本の奥付手前には、めずらしく使用された紙についての情報が記載されている。

■本文:オペラクリームHO四六判Y目58.5kg(日本製紙石巻工場 8号抄紙機)

■口絵:b7バルキーA判T目52kg(日本製紙石巻工場 8号抄紙機)

■カバー:オーロラコートA判T目86.5kg(日本製紙)

■帯:オーロラコート四六判Y目110kg(日本製紙)

紙についてよく知らない人は、まず間違いなく読み飛ばす部分だろう。私もこの本を読み終える前まではそうだった。しかし、日本製紙石巻工場が再生を成し遂げる物語に触れた今となっては、その紙ひとつひとつに込められた熱い思いを感じずにはいられない。

使い捨てられた「絆」という言葉が持つ意味

東日本大震災からしばらく経った後、世間では「絆」という言葉が持て囃された。

元々は罪人や家畜の足を縛る綱という意味で、それが転じ人を不自由にさせる義理人情という意味合いに変わったそうだ。今のようにポジティブな意味で使われるようになったのはそう昔のことではない。

そんな語源から「絆」という言葉をあまり心地良いものと受け取らない人も多いだろう。また、あまりに軽々しく使われすぎて食傷気味の人もいるかもしれない。

日本語は変わる。時代によって意味は変わる。もし世間が「絆」を人同士の深いつながりを指すものとして使いたいのであれば、イメージアップのためや押し付けの親切なんて「絆」ではなく、ただの「束縛」でしかないことに気づかなければならない

この「紙つなげ!」には、嘘偽りのない絆が描かれている。日本製紙が今まで誠実さによって培ってきた信頼は、未曾有の大損害を被った震災後、倍以上になって返ってきた。出版業に関わっている人間なら、日本製紙が倒れることは日本の出版が終わることを意味していていることをわかっていたのだろう。

だから日本製紙が復活するために尽力した。何があっても紙の供給を途絶えさせてはいけないために、日本製紙が請け負っていた分の製紙を各製紙業者が巻き取った。日本製紙の復活劇の際には、各出版社は一時優先的に日本製紙に仕事を任せた。日本製紙が無茶な提案をしたときも、みな日本製紙を信頼して口を挟まなかった。これを「絆」と呼ばずになんと言うのだろう!人は言葉でウソを吐くことはできる。しかし「行動」でウソを吐くことはできない

東日本大震災は「絆」の力で復興を成し遂げると思われているのかもしれない。しかし震災の現場では、そんなキレイに漂白されたものばかりではなかったことが、この「紙つなげ!」でも描かれている。日本製紙に勤める被災者は、火事場泥棒に遭い、震災ギャングを見かけ、夜半女性は仮設トイレにもひとりで行けない治安の悪さを経験した。

それでも彼らは、自分たちが日本の出版、ひいては日本そのものを支えているんだという矜持のもと、日本製紙の復興に力を賭した。絆以前に、個々人が持つ仕事への情熱、担っているものの責任を果たすという、強い思いがあってこそ、日本製紙の復興は成し遂げられたのだと思う。

子どもがコロコロコミックで指を切らない訳


帯裏には、本文から引用されたある文章が記載されている。正直、この文章をここに持ってきたのは「上手いな」と感心した。出版社がどれだけ熱い思いで本を造っているのはか松田奈緒子の「重版出来!」を読めばわかる。書店がどれだけ熱い思いで本を売っているのかは久世番子の「暴れん坊本屋さん」を読めばわかる。そして、製紙会社がどれだけ熱い思いで紙を造っているかは「紙つなげ!」を読めば、きっとわかる。

「いつも部下たちにはこう言って聞かせるんですよ。『お前ら、書店さんにワンコインを握りしめてコロコロコミックを買いに来るお子さんのことを思い浮かべて作れ』と。小さくて柔らかい手でページをめくっても、手が切れたりしないでしょう?あれはすごい技術なんですよ。一枚の紙を厚くすると、こしが強くなって指を切っちゃう。そこでパルプの繊維結合を弱めながら、それでもふわっと厚手の紙になるように開発してあるんです。

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